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2017.05.20


中央省庁の次官・若手プロジェクトが5月に発表した『不安な個人、立ちすくむ国家〜モデル無き時代をどう前向きに生き抜くか〜』というペーパーが話題になっています。

当機構代表の仁木もSNS上で見かけ、ざっと目を通したところ何となく違和感を覚えつつも、全体的にはポジティブな印象を持っていたところ、タイムラインに「時代遅れのエリートが作ったゴミ」と言い切る渡瀬裕哉氏(早稲田大学招聘研究員)の投稿が流れて来ました。

もしかすると、大学研究者でもあり、起業家としても経験を持つ彼の見解を訊けば当初感じた違和感が明らかになるのではと思い、突撃インタビューを敢行しました。


 

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仁木 「急なインタビューに応じていただきありがとうございます。早速ですが、渡瀬さんは『時代遅れのエリートが作ったゴミ』と言い切っていますが、ネットでは全体的にポジティブな反応があります。なぜだと思いますか?」

渡瀬 「役所は約10年前から同じ内容について表現を変えて繰り返し述べています。曰く『新しい公共』などという名称で言及されてきたものです。一部の意識高い系の人たちがパワポの内容を褒めていますが、個人的には感想は『役所にしては少しだけ表現が柔らかくなった』という程度でしょうか。まだこんな程度の話してたのか、というのが率直な感想です。」

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仁木 「しかし、そうだとしても、この内容を『時代遅れのエリートが作ったゴミ』だと言い切ることはできないのではないですか?」

渡瀬 「実は世の中の状況はここで述べられている内容よりも遥かに進んでいますから。パワポ内容の細かなデータの間違いを指摘する声もありますが、それ以前の時代認識・社会認識に問題があります。」

仁木 「何が間違っていると思いますか?」

渡瀬 「このレポートが時代遅れのエリートが作ったゴミだというのは『世間知らず』が作ったものであることが明らかだからです。はっきり言えば、市井の人々の人生に対するリスペクトが全くありません。受験エリートの価値観から見た上から目線の社会批評でしかないのです。それが端的に表れているのは、冒頭近辺で述べられている『かつて、人生には目指すべきモデルがあり、自然と人生設計ができていた。今は、何をやったら「合格」「100点」か分からない中で、人生100年、自分の生き方を自分で決断しなければならない』という記述ですね。人生に点数がつけられるって発想自体が笑わせますね。」

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仁木 「というと…。」

渡瀬 「まるで牛か何かの出荷時の品質管理みたいな物言いだなと。人生には最初から合格も100点もありません。そもそも皆が各々の人生を生きているわけです。この後に言及されている昭和型人生スゴロクですが、これはお役所や大企業の人たちの人生観であり、自営業や中小企業の人たちは最初から眼中にありません。自分達で1950年代ですら34%しかいないと試算している終身雇用の人たちの価値観を『昭和型人生スゴロク』(=自分たちは100点?)と表現するのがどうかと思いますよ。行政文書に『画一的な価値観』が『多様な価値観』に変化した云々という言葉が並んでいることが多いんですが、それは彼らが今まで『眼中になかった人々が見えるようになった』というだけです。官僚の価値観と社会設計の中で生きていない人たちは最初から存在していて、コロンブスが新大陸を『発見』したと表現しているようなものです。こんな議論のスコープで作られた文章を今更読む価値もないかなと。」

仁木 「今言われて気が付いたんですが、これ『議論のスコープ』だからスコープに入っていない『リアル』もあるわけですよね。」

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渡瀬 「そうです。やっと、今まで無視してきた人たちの人生が見えるようになったんだねってだけの話です。または、政府のお役人たちはそれらの人たちを10点・20点と点数をつけて勝手に保護対象だとみなしてきただけです。多様化?最初から社会も人生も多様です。」

渡瀬 「5ページ目で『漠然とした不安や不満』が今出てきてますみたいなこと言ってますが、(短い沈黙)人生は100年前だって漠然とした不安や不満の中で生きているものです。今まで悩みが無かったかのように語れるって凄いなと。仮にこの人たちが言う『昭和の人生スゴロク』をやってきた人だってみんな不安や不満の中で生きてきました。」

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仁木 「たしかに!昭和型人生スゴロクだろうが、それ以外の人生だろうが、不安や不満が無かったわけがありませんね。」

渡瀬 「社会の中の限られた一部の人々に政府によって設計された社会システムを提供したことで、不安や不満を無くせてきたと思ってることが根本的な間違いなのです。人々の姿が見えてなかっただけなのです。」

仁木 「前提条件が間違っていることは分かりましたが、そうすると当然その他の方向性も間違っているということですか?」

渡瀬 「そうですね。これからの時代に全くついていけていないと思います。そして、ソリューションも間違いだらけです。たとえば、『今後は人生100年、二毛作三毛作が当たり前』と書いてありますが、そのような発想ではなく『同時に複数箇所から収入を得る』生活が当たり前になってきます。シェアリングエコノミーの進展はCtoCの取引を活発化させることで、従来までの仕事の概念すら大きく変えていきます。同時期に一つの仕事しかせず、一定年齢後・退職後に何毛作かするという認識自体が時代錯誤です。」

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仁木 「自分もブラック企業に勤めた後、自営業で独立しましたが、何となく感じていた違和感が言語化されていく気がします。」

渡瀬 「9ページ目『なぜ日本は、大きな発想の転換や思い切った選択ができないままなのだろうか』っていう文章の主語は、『日本』ではなくて『日本政府』ってことなんです。日本人、というか人々の発想の転換は既に始まっています。自分たちイコール日本だと思っているわけです。」

渡瀬 「だから、いまだに問題の設定を自分達で行って、その上で役にも立たないソリューションを提示してみているわけです。社会の価値観が多様化したって自分で言っているのに、政府が社会の問題設定をしてしまうことも驚きですが、仮に彼らの問題設定が正しかったとしても、それを解決する主体は彼らではありません。」

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渡瀬 「ここで書いてある課題ははるか以前から『政府』によっても指摘されてきた内容です。二度目の三振と表現されていますが、毎年予算策定している以上、毎年見送り三振していることになりますが、それすら理解していないのです。民間企業ならお客様の問題解決をせずに10年も20年も放置していれば倒産しますが、政府は自動集金の税金で運営しているので自らが毎年失敗していることにすら気が付けないのです。」

仁木 「どうすれば良いと思いますか?」

渡瀬 「政府の代わりに誰が問題を解決するのかって話になりますが、問題を解決できる組織や人が解決するべきであって、問題を解決できてこなかった政府の出る幕はありません。私たちの現在の豊かさを支えているのは、個人、そしてその集合である企業や非営利団体の努力です。

渡瀬 「本来ならば人々が望むことによって、その期待に応える他者の努力で問題が解決していた可能性があります。本来は問題解決できる可能性がある人々に資金が回ってこなかった理由は、問題を解決しないどころか生産している政府が税金で集金作業をしてきたからです。本当は問題解決できる人はいるんだけど、お金がその人たちのところに払われないわけです。たとえば、政府は税金で取って老後を支えますって言ってきた。だから、人々は自分達で真剣に問題を解決しようとするインセンティブが下がって、だったら政府が問題解決してねってなるわけです。ところが、実際には問題解決はできてこなかった。税金を払っている側に言わせれば、税金で飯を食っている人々が集まってウダウダくだらない内容を述べているわけで、こっちが聞きたいことは『解決できるのか』ってことだけです。できないなら退場しろよと。」

仁木 「リアリティがないんですかね?」

渡瀬 「違います。毎年税金でカネが入ってくるからです。だから10年前と同じ話してても問題がないんですよ。64ページ目の『少子高齢化を克服できるかの最後のチャンス』とか、こういう課題設定して、10年以上同じこと言ってて何も解決できないのかよと。この人達に資金を渡すことが疑問ですね。」

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仁木 「市場原理が全てを解決するっていうことですか?」

渡瀬 「市場原理というとレッテル貼りで勘違いが蔓延しています。市場原理と拝金主義は違うということを理解する必要があります。お金を払ったひとに対して『ありがとう』の連鎖が続いていくと市場原理になるわけです。サービスを与えた人と与えられた人のそれぞれの間に感謝の連鎖が生まれるのが市場原理です。一方、その関係がないのが拝金主義です。

渡瀬 「税金には感謝はありません。税金をもらう側は当たり前だと思ってるし、税金を払っているほうも使い道が納得できなくても強制徴収。税金っていう仕組みは感謝の連鎖がない資金移動のことで、拝金主義そのものなのです。人間の関係性を断絶させてきたのが税金であり、それを扱うのが政府なのです。例えばNPO法人に寄付をして、代表者の人が『ありがとう』って言って誰かにサービスを提供して『ありがとう』が連鎖するこれが市場原理です。お金が移動するときに人間関係が断絶するのが拝金主義で、関係性が蓄積していくのが市場原理。社会をそういうものに戻していく必要があるわけです。」

仁木 「自分で少しでも商売をやった事がある人は実感としてわかる話ですね。」

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渡瀬 「冒頭でお話しした『新しい公共』っていうのはそういうもので、政府があーだこーだする前の状況に少しづつ戻しましょうねってことです。自分の所管している規制をまず無くしたら良い。今、例えばアメリカでは新しい規制を1つ作ると2つ規制を廃止してくださいってトランプが大統領令で決めました。日本の政府は、公は官ではないと言いながら、現在進行形で新しい規制や税金を作って規模の拡大を続けているわけで、言っていることとやっていることの矛盾が半端ないですね。規制何個あると思ってんの?法律何個あると思ってんの?と。規制が増えてるとか減ってるとかそういうことを指標にするべきで、秩序ある自由とかを主張してわざわざ自分たちの存在価値をアピールしてくれなくても良いです。人々を動物園の檻に入れる代わりにサファリパークに離して管理するような話は無用です。」

仁木 「このプロジェクトの目的には議論を喚起することも含んでいるでしょうから、今後そういうレポートが出て来ることを期待したいですよね。」

仁木 「いやはや、言い方は過激でしたが、正直、違和感を言語化してもらった気がします。徐々にまとめに入っていきますか。」

渡瀬 「まず、繰り返すけど、自分たちの『スコープ』に入ってなかった人たちを見つけたことを『多様化』とか言うべきではありません。社会が変化したんじゃなくて、最初からいたけど役人には見えていなかっただけ。」

仁木 「政府側から見たらそれが目に入っちゃったから、何とかしたいと考えちゃうわけですよね。『善意』によって…。」

渡瀬 「そうですね。ただし、元々人々は勝手に生きているわけです。そして、こんなパワポが無くても人々の側は時代の先に進んで対応していくから「心配しなくていいよ」です。人々の側からこんなこと考えなくていいから「心配すんなよ」と言えるのが大人の国民です。余計なお世話だよって。心配するのはありがたいが、俺のお母さんかなんかですかと(笑)社会で生きる人の他人の人生に口出して設計しなくても良いよと。」

仁木 「なるほど(笑)。最後に若者や同世代へのメッセージや、全体を通しての感想などをいただけますか?」

渡瀬 「人々に言いたいことは、みんな自由に生きろと。好きに生きろと。そして、政府の方も国民の心配しなくていい。多分、政府は『善意』でこれ作っていると思うので、その『善意』を信用してるから。公は官のものじゃないって書いてることを信じるよ、と。だから、俺たちが生きていくことに重荷になる制度をやめてもらっていいですか?っていうだけの話だね。」

仁木 「ありがとうございました!なんだか前向きに生き抜けられる気がしてきました(笑)」


 

もし、このインタビュー記事を読んで、ペーパーに感じた違和感を共有できる人が出てくれば、このペーパーの存在意義はあったんじゃないかと僕は思います。

皆さんは、どう思いますか?

(インタビュアー:一般社団法人ユースデモクラシー推進機構 代表理事 仁木崇嗣)  

 

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<プロフィール>
渡瀬裕哉(わたせ・ゆうや)早稲田大学招聘研究員 1981年生まれ。早稲田大学大学院公共経営研究科修了。 機関投資家・ヘッジファンド等のプロフェッショナルな投資家向けの米国政治の講師として活躍。創業メンバーとして立ち上げたIT企業が一部上場企業にM&Aされてグループ会社取締役として従事。同取締役退職後、日米間のビジネスサポートに取り組み、米国共和党保守派と深い関係を有することからTokyo Tea Partyを創設。全米の保守派指導者が集うFREEPACにおいて日本人初の来賓となった。また、国内では東国原英夫氏など自治体の首長・議会選挙の政策立案・政治活動のプランニングにも関わる。主な著作は『トランプの黒幕 日本人が知らない共和党保守派の正体(祥伝社)』(Amazon紀伊国屋書店