2018.10.30

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弱冠22歳にも関わらず飛び級で香港中文大学大学院博士課程に進学した石井大智さん(ユースデモクラシー推進機構パートナー)に独自の視点で日本社会を語ってもらう連載企画『香港から見える日本のリアル』の第一回は、非大卒就職支援に取り組んでいる「HASSYADAI」を切り口とし、教育社会学を踏まえて日本の高等教育への問題提起を行っていただきました。

本連載は政治山及びYahoo!ニュースに転載されています。



 

こんにちは、石井大智です。私は普段は香港中文大学の博士課程で国境を超えた人の移動や移民に関する研究をしていますが、日本の様々な調査研究プロジェクトにも一研究者として関わらさせていただいています。そのうちの一つが非大卒の就職支援を行なっているHASSYADAIに付属している「HASSYADAI総合研究所」です。今回はHASSYADAIをアカデミックに、特に教育社会学において研究する意味を一般の人にも分かりやすくお伝えしたいと思います。若干過激な内容も入っていますがお許しください。

 

そもそもHASSYADAIとは何か、基本的スキームをまずは説明しておきます。HASSYADAIは地方の非大卒(高卒だけではなく、中卒や実質的に小学校しか通っていない)にプログラミングやビジネススキルなど仕事に直結する実践的スキルを身につけさせて首都圏の企業に送り出しています。このようなスキームによって、地方にいて、なおかつ大学を出ていない学生に機会提供をしています。HASSYADAIのファウンダーはForbesの2018年の「30UNDER30JAPAN 2018(日本を変える「30歳未満の30人」)」に選出されています。

 

教育社会学というのはいくつかの解釈、定義がありますが、ここでは教育が社会にどういう影響をもたらすか、もしくは社会が教育にどういう影響をもたらすか研究する学問とします。最近の日本では調査データの数値を解釈し、そこから教育の効果や社会構造を読み解くいわゆる実証研究が主流です。

 

HASSYADAIにとっても教育社会学的アプローチは重要だし、教育社会学にとってもHASSYADAIは重要です。

 

まず前者の議論から。HASSYADAIは「非大卒」を東京の会社に送り出しているということから機会格差を埋めているように思えます。しかし、この「非大卒」の方々も多種多様です。まだ量的調査は行っていませんが、サンプル数の限られた予備的な質的調査の限りでは情報感度の高い若者が中心に集まっていると考えられます。

 

情報を取得し、その情報を判断し、HASSYADAIに応募しようとするのはいわゆる「情報感度」の高い若者たちです。社内での予備的な調査で明らかになっているのは地方の若者にとって地元のコミュニュティを離れて東京に行くことは心理的な障壁が高いことが示されています。そのように考えがちな周囲とは違う発想をして、この特別な機会を掴めるかどうかは、本人がどれほどの文化資本や社会関係資本を持っているかに依存するでしょう。

 

文化資本や社会関係資本とは何でしょうか?その前に「選択」と「資本」の関係について説明したいと思います。我々は何かを選択する時、その選択は自己の判断でしたもので、全てが自己責任と思いがちです。しかし、多くの判断は様々な資本によって影響されることが先行研究で示されています(例えば比較的新しい論文で日本について書いたものであれば金(2002)や小林(2008)がなどがあります)。例えば大学に行くかの選択が経済資本(=どれだけお金を持っているか)に影響されるのは分かりやすい例でしょう。

 

ここで言う「資本」というのは経済資本だけではありません。人とのつながりの量である社会関係資本やその人の文化的素養などで構成される文化資本も資本の一つです。例えば、もしある国で人との繋がりの強さ、すなわちその学生を支援してくれる人がどれだけ多いかどうか、またその学生が見ている世界がどれだけ広いかどうかで大学に行くかどうかが決まるのであれば、社会関係資本が大学進学を規定していると言えます(あくまで分かりやすい例でこのことを示した実証研究があるわけではありません)。

 

先述のように選択はこれらの資本をどれだけ持っているかに影響されることは先行研究で示されています。情報を得て、なおかつその情報を(周囲の否定的な解釈に流されず)自分なりに解釈し、なおかつ行動に移すには、その能力をもたらすだけの資本が必要です。重要なのはこれらの資本は単なる個人差だけではなく、生まれ育った環境(親の社会階層、地域、学校)などに大きく規定されてしまうことです。つまり選択は本人の自己責任を超えたところで行われているわけで、そのことを十分に理解する必要があります。

 

つまりHASSYADAIは社会関係資本や文化資本などの「資本」が高く情報を取りやすい非大卒には有効だけれども、そうではない人には響かないということです。実際にお話を伺ったインターン生の中には小学生の頃からダーツバーに通い、そこで様々な社長と話す中で彼らと関係性を築き、普通の学生では知り得ないビジネスや世間についての知識を深めていったという方がいました。彼のケースの場合、親、教師、同世代以外の繋がりを持っていたという意味で社会関係資本が高く、さらに同世代にはない知識を持っていたという点で文化資本が高く、HASSYADAIに行き着いたと説明できます。

 

これはHASSYADAIが抱える構造ですが、これが悪いか良いかは分かりません。少なくとも情報感度の高い地方の若者に対しては大学にいかなくとも東京の大企業に入るという選択肢を提供しているわけだし、そもそもどんなプログラムもあらゆる人々を対象にすることはできません。一方でこのような教育社会学的アプローチで誰がどういう構造のもとHASSYADAIにやってきているか十分な分析は欠かせません。

 

ここには詳しく書けませんが、HASSYADAIの社員の方々はこのようなことが起きていることは少なくとも直感的にはよくわかっていらっしゃるので、より広い層の若者が参加できるように様々な施策を考えていらっしゃいます。私たち研究所の所員はそれが誰を対象にしていて企図通り機能しているか、引き続き実証研究をできればと考えています。

 

とても長くHASSYADAIにとってどう教育社会学的アプローチ(=教育社会学的思考)が重要か書きましたが、逆に教育社会学にとってもHASSYADAIは重要です。

 

教育社会学ではしばしば子の社会階層を親の学歴で分けます。これは親の学歴が様々な資本を規定し、それが子どもにも受け継がれるからという発想によるものです。これは「社会階層の再生産」と呼ばれ、この再生産を防いで子どもの社会階層を上げるために、しばしば進学指導が有効とされ、実際に行われています。貧困層の多い地域に先生を派遣し、その先生の指導力によって子どもたちをよりいい大学に受からせ、社会階層の再生産を止めようという活動はよく見かけます。

 

これらの活動を否定する気はありませんが、そもそも彼らを貧困層から脱却させるのが最優先の目的であれば彼らの賃金を上げることが最も重要であり、実践的な職業訓練をした方がいいでしょう。さらにこれらの活動は彼らを大学に行かせることが(4年の彼らの支出と税金からの公的負担に見合うだけ)彼らの収入向上に繋がることを前提にしていますが、奨学金という名の学費ローンで苦しんでいる若年層がこれだけ社会問題になっていることを考えると、その前提が正しいかどうかはもう一度検証が必要でしょう。

 

このような進学指導に比べてHASSYADAIは非常に分かりやすく彼らの収入を向上させ、少なくとも貧困層と言われるレベルからは脱出することができます。中学や高校から大学を介さずに直接収入が高い仕事に就けるのであれば、明らかにそちらの方が貧困層を貧困から脱却させるには手っ取り早い方法です。大学には収入向上以外の多くの役割があることは、当然私は理解していますが、一方で貧困層を大きな経済的負担のもと大学に行かせるほど価値のあるものかは再度言いますが、検証が必要です。

 

いろいろ過激なことを書きましたが、教育社会学の研究の中にはこのような大学進学自体がどのようなプロセスで貧困層の社会階層・資本を変化させているかの研究が私の知る限りだとさほど多くないはずです。たとえ大卒によって収入が向上していたとしてもそれは大卒というラベリングによるもので、大学で学んだものが影響しているとは限りません。大学の授業で学んだ多くのことがその後の収入に直結せず貧困層を救わないかもしれないし、大衆化している大学はそのラベリングの機能さえも果たしていない(=企業は大卒だからと言って採用するわけではない)かもしれません。

 

HASSYADAIというオルタナティブな選択は大学進学を相対化し、改めて大学の意味と教育社会学や貧困層への支援における学歴への信奉を見直させるでしょう

 

私は教育社会学の専門ではないので、もしかすると間違った解釈やもっと適切な表現があるかもしれません。もしお気づきになった点あれば私までお知らせいただくと嬉しいです。ここまで長い文章を読んでいただきありがとうございます。

 



<参考文献>

小林雅之, 2008, 『進学格差―深刻化する教育費負担』筑摩書房

金美蘭,2002,「ジェンダー意識と教育アスピレーションの分化」
中村高康他編『教育からみる日本と韓国 学歴・選抜・学校の 比較社会学』東洋館出版社,pp. 221-236.

 


<執筆者>

石井大智(ユースデモクラシー推進機構パートナー)

1996年大阪府生まれ広島県育ち。香港中文大学大学院博士課程1年。広島の高校を退学後、慶應義塾大学総合政策学部に進み、飛び級で博士課程に進学。中学生時のヨルダン訪問を契機に移民・難民など国境を超えた人口移動を専門とする。韓国の延世大学への留学経験に加え、法務と会計の知識を活かし複数国のNPOやベンチャーでのバックオフィス経験がある。また、マイナビ主催の全国最大規模のビジコンに高3から3回決勝に出場するなどフットワーク軽く様々なフィールドを渡り歩いている。アカデミックな成果を出す上でフィールドのリアリティにできるだけ触れることを重視しながら、研究成果を社会に活かすべく、大学のみならず政府系機関や企業でのリサーチにも従事している。