「村議会を廃止、「町村総会」設置検討を開始
離島を除けば全国で最も人口が少ない高知県大川村が、地方自治法に基づき村議会を廃止し、有権者が直接、予算などの議案を審議する「町村総会」を設置する検討を始めた。(毎日新聞)」
2017年5月1日、毎日新聞が上記のような記事を掲載したことで、高知県の山間にある大川村は全国の注目を集めました。
町村総会の実現は、住民による直接民主制の実施を意味するため、現状の議員を選ぶ間接民主制からの大きな転換と言えます。
地方自治法第94条には、町村は議会を置かずに総会を設けることができる規定があり、それが町村総会の根拠となっていますが、今現在、町村総会を導入している自治体は全国に一つもありません。
この記事により、地方における民主主義の新たな形を感じ取った我々、ユースデモクラシー推進機構メンバーは、記事が出てから5日後の5月6日から8日までの間、大川村の実態を確認すべく現地取材を敢行しました。
大川村の山々と早明浦ダム
大川村の人口は約400人と、離島を除き全国で最も少なく、高齢化率は43.2%と全国平均の26.6%を大きく上回っています。また、村の面積は約95㎢と品川区の4倍の広さを有しており、村の端から端へ行くには山道を車で30分以上走る必要があります。
ピーク時の大川村の人口は約4,000人でしたが、白滝炭鉱の閉山や早明浦ダムの完成により、人口が急減しました。国策に振り回された自治体という意味では、以前レポートした夕張市との共通点が見られます。
なぜ、町村総会の導入が話題となったのか?
今回、大川村の町村総会が話題になった背景には、人口減少と高齢化により、議員のなり手がいなくなるという全国の過疎地域共通の危機感があったからだと考えられます。多くの人が大川村に日本の地方の未来を感じ取ったのかもしれません。
実際、町村総会の導入は、議員のなり手不足への対応という消極的な理由から出てきた選択肢であり、直接民主制を実現するという積極的な理由からではありませんでした。
実は、大川村で町村総会が話題になるのは、今回が初めてではなく、数年前にも検討されています。しかし、高齢者が総会に参加するための交通手段の確保など、物理的な障害が課題となり、議論が立ち消えになったという経緯があります。
以前、町村総会が話題に上がった時以上に、現状が切迫しているのは間違いありませんが、様々なメディアが印象づけているように、大川村が町村総会の導入を具体的に検討しているかといえば、そうではありません。
村長はインタビューにおいて、「議会維持があくまでも前提、町村総会は研究段階」と明言されていました。
休日にインタビュ―に応じる和田知士村長(58)
なぜ、大川村では議員のなり手がいないのか?
議員のなり手不足が、町村総会の導入が提示された理由であることは述べましたが、これは大川村だけでなく過疎地域の共通課題と言えます。その意味で、他の小規模自治体において、今後、町村総会の議論が出てくる可能性はあります。
しかし、大川村において議員のなり手不足が深刻なのは、高齢化だけでなく、大川村の環境要因がそれを助長しているためです。
その環境要因とは、大川村は産業に乏しく、村内GDPの多くを公的支出が占め、その影響もあってか大部分の人が農業や公的な仕事に就いていることです。とりわけ、20代から30代の若者の約9割は役所、農協、公社などの公的な仕事に就いています。
地方議員は兼職が認められていますが、公的な仕事は兼職が認められていないケースが多く(公務員は禁止)、若者が議員になる場合は、職を辞さなくてはなりません。
大川村の議員報酬は15万5千円であり、そこまでのリスクを負って立候補する人はまずいないというのが実情です。
大川村で直接民主主義は実現するのか?
今回、我々は村長や議長だけでなく、議員や複数の村民(若者、移住者、ずっと大川村に暮らす方)にお話しを伺いましたが、調査の結論として、大川村での町村総会導入は極めて困難であると考えています。
その理由は、住民が一か所に集まることが難しいというような物理的な制約だけではありません。この制約は、現在のIT技術、例えばネット中継やネット投票システムなどを使えば回避できるでしょう。
問題の本質は、そもそも民主主義が機能する環境が整っていないことにあります。
町村総会のみならず現在の村議会であっても、有権者である村民が、考え、熟議できる環境が必要です。
そのためには、たとえ行政側にとって都合の良くない情報があったとしても、村政の徹底的な情報公開をしなければなりません。
村民一人ひとりが為政者たる自覚を持って村政を考えるためには、全ての情報をオープンかつ簡単にアクセスできるようにし、村民と行政の間に情報の非対称性が生まれないことを徹底すべきです。
現在のように、最新の財務諸表や議会議事録を村民が簡単に見られるようになっていないことは早急に対処すべき点だといえるでしょう(いずれもWebで非公開)。
これが担保されないまま、形式的に町村総会を導入すれば、民主的な形をとった非民主政がはびこることになるでしょう。
自由民権運動を先導した高知県出身の植木枝盛は「自由は土佐の山間より出づ」との言葉を残していますが、それが「土佐の山間」から失われるとしたら、あまりに皮肉なことです。
直接民主制がマイナスに働くかもしれない2つの理由
そして、大川村で仮に直接民主制を導入した場合、村全体にとってマイナスに働くと思われる理由が2つあります。
1つ目の理由は、村民の村政への無関心を助長する財政構造です。
大川村の予算額は約21億円ですが、自力で賄えているお金(自主財源-繰入金)は約1.9億円にすぎず、残りは地方交付税や補助金、将来からの借金など、外からの援助が主な収入源となっています。財政力指数は0.09であり、自立した財政運営とは程遠いのが現状と言えるでしょう。
若者が主体的に政治参画を進めることに期待を抱き、今までの村政を支えてきた議長ですら「自主運営、税金だけではできないから、(補助金を)取ってこにゃ」と言わざるを得ないことに、村の実情が現れているように思います。
村議会議長の朝倉慧氏(77)は26歳の頃に「青年団」の前身団体を立ち上げた
政治の究極的な役割は税金の使い道を決めることですが、自分のお金ではなく、他人から貰ったお金の使い道に関心が向きにくいのは人も自治体も同じであり、援助に依存することが村政に対する村民の無関心を助長している事は明らかです。
2つ目の理由は、村特有の閉鎖的な言論空間です。都会と村で大きく異なるのは、匿名性の有無です。
広い村のため村民が村全体で頻繁にコミュニケーションをとるという状況にはありませんが、村にいる人のことは互いに認識できるレベルであり、大川村に匿名性はないと言っていいでしょう。
つまり、仮に町村総会が実現したとき、そこでの発言はそのまま個人の生活や人間関係に影響を与える可能性が高いということです。実のある議論をする際には、誰かの不利益になることも当然出てくるでしょう。匿名性のない村では、それが個人と結びつくことで、発言が自制される恐れがあります。
結果、町村総会を導入する事によって、村政のチェック機能は働かず、現状維持や現在の構造を強化する方向に動く可能性が高まると考えられます。
これらは決して村の将来にとっても、日本全体にとってもプラスになるものではありません。
大川村の未来は「青年」にかかっている
幣団体の代表仁木は、植木枝盛の次の言葉をよく引用します。
「未来がその胸中にあるものこれを青年という、過去がその胸中にあるものこれを老年という(植木枝盛『無天雑録』)」
大川村の希望は、人口最少の村というブランドと、豊かな自然、そして「青年」の心を持った人々の存在です。
お話しを伺った青年団の団長はもちろん、高齢の方の中にも、大川村の現状に危機感を持って、大川村の未来を真剣に考え始めている人たちがいます。
昨年5月に新しく青年団団長に就任した筒井渉氏(25)
さらに、大川村には山村留学をはじめ、外からの移住者を受け入れる土壌があり、インタビューを引き受けていただいた方の一人、川上さんは村外出身ですが、2011年の村議選でトップ当選(2015年は無投票再選)を果たされており、改革に前向きな印象を受けました。
自宅の裏山を開拓して始めた「さくら祭り」で毎年400名以上の参加者を集める村議会議員の川上文人氏(64)
今回の町村総会が全国紙に掲載されたことは、大川村の将来を考える、絶好の機会となったと言えるでしょう。この好機を逃さず、これからの大川村をどうしていけばいいのかを村全体で考えることが必要です。
それができれば、議員のなり手が出てくるかもしれないですし、仮に議会を廃して、町村総会に移行したとしても、実のある議論が展開されることが期待できます。
次の大川村議会議員選挙は、2年後の2019年です。
「自由は土佐の山間より出づ」
2年後にこの言葉が新聞の見出しを飾るかどうかは、大川村の村民たちが、「青年」たちが、覚悟を持ってこの問題に挑むかどうかにかかっているのではないでしょうか。
(Reported by Shunsuke KATO/Edited by Takatsugu NIKI/Photo by Rio TATEISHI)